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東京地方裁判所 平成10年(ワ)3799号 判決

原告 外野雅子

右訴訟代理人弁護士 白井勝己

同 松下勝憲

被告 第一信用金庫承継人 わかば信用金庫

右代表者代表理事 小池要

右訴訟代理人弁護士 豊田誠

同 安東宏三

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

(原告)

一  被告は、原告に対し、金三六四一万九八八〇円並びに内金二〇〇〇万円に対する平成七年四月六日から、内金一五二三万七八九二円に対する同月一五日から、内金一〇〇万円に対する同年六月二一日から及び一八万一九八八円に対する平成四年一二月一二日から各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

三  仮執行宣言

第二事案の概要

一  概要

本件は、原告が、被告に対し、預金債権を有しているとして、その支払及び各預金債権の満期日の翌日から商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

二  前提事実

1  原告は、承継前被告に対して、別紙定期預金明細表記載のとおり、別紙定期預金明細表満期日欄記載の各日付を満期日として、別紙定期預金明細表預入金額欄記載の金員を定期預金として預け入れており(以下、「本件預金」という。)、右各満期日が到来している。

2(一)(1) 原告は、承継前被告に対し、昭和五〇年五月一九日、原告の元夫であった外野治(以下、「治」という。)の承継前被告に対する債務につき、連帯保証した(以下、「本件連帯保証契約」という。)(乙一)。

(2) 承継前被告は、治に対して、次のとおりの手形貸付を行った。

手形金額   支払期日

二一五〇万円 平成五年五月一一日(乙四)

三五三〇万円 同月二八日(乙五)

六〇〇〇万円 同月二八日(乙六)

九〇〇〇万円 同年八月 六日(乙七)

五〇〇〇万円 平成六年二月 八日(乙八)

五三五〇万円 同年三月三一日(乙九)

(以下、各債権の特定については、乙四ないし九の番号をもって特定することとする。)

(二) 原告は、自ら、承継前被告との間で、平成六年八月五日、金額九四〇万円、支払期日平成七年五月三一日の約束手形による九四〇万円の手形貸付を受けていた(争いない)。

(三) 承継前被告は、原告に対し、承継前被告の原告に対する債権(原告への手形貸付金及び治への貸付金の連帯保証債務履行請求権)を自働債権とし、原告の承継前被告に対する預金債権を受働債権として、平成七年九月二八日原告到達の相殺通知書二通、平成八年三月三〇日原告到達の相殺通知書及び同年九月五日原告到達の相殺通知書の計四回にわたり、別紙相殺明細記載のとおりに対当額にて相殺する旨の意思表示をした(乙一一、一三、一五及び一七の各一、二)。

(四) さらに、承継前被告は、原告に対し、平成一〇年五月二一日の第一回弁論準備手続において、承継前被告が治に貸し付けている乙九の貸付金元本五三五〇万円を自働債権とし、原告の承継前被告に対する口座番号八七七五七八を含む定期預金債権三口の全額(三九万三六九九円)を受働債権として対当額にて相殺する旨の意思表示をした(以下、前記(三)で掲記した相殺の意思表示と合わせて「本件相殺」という。)。

3  承継前被告は、平成一〇年三月一六日、永楽信用金庫及び大恵信用金庫と合併し、被告を設立して解散した。

信用金庫法六〇条二項は、合併後に存続する金庫又は、合併によって成立した金庫は、合併によって消滅した金庫の権利義務を承継する旨規定しており、被告が承継前被告の権利義務を承継した。

三  争点

本件の争点は、承継前被告及び被告の原告に対する相殺の意思表示が有効か否かにあり、具体的には、

<1>  本件連帯保証契約において、原告は、治の被告に対する五〇〇万円の借入金を保証するものと誤信したものとして、右限度を超える範囲では、本件連帯保証契約が、錯誤により無効となるか。

<2>  本件相殺の意思表示は、信義則に反して許されないか。

<3>  承継前被告担当者工藤尊久(以下、「工藤」という。)が、原告に対し、原告は治の連帯保証人になってないと欺いて、本件預金をさせたかどうかにある。

四  争点に対する原告の主張

1  争点<1>について

原告が、本件連帯保証契約を行う際、治からは、治の経営する株式会社内外報商(以下、「内外報商」という。)の資金繰りのために承継前被告から約五〇〇万円位の借入れをするから連帯保証人になって欲しい旨の説明を受けたものの、治が将来にわたって承継前被告に負担する一切の債務を保証する包括根保証である旨の説明は一切されなかった。

しかも、本件連帯保証契約の契約書は、綴りの形式になっておらず、原告は、治からB5版の紙一枚目だけを提示されたものであり、本件連帯保証契約が、治が将来にわたって承継前被告に負担する一切の債務を保証する包括根保証である旨の規定は一切見ていない。

2  争点<2>について

(一) 保証期間、限度額の定めのない包括根保証においては、契約締結時の事情、取引の態様・経過、債権者の債権確保のための注意義務の程度、保証人の認識の程度その他一切の事情を斟酌して、信義則に照らして当然合理的な範囲に保証責任が制限されるべきである。

(二) そして、以下の各事情からすると、本件相殺は信義則上許されないというべきである。

すなわち、本件連帯保証契約は、契約書上は昭和五〇年五月一九日となっているが、実際には昭和四九年一一月ころ締結されたものであり、原告は五〇〇万円程度の債務を保証する意思しか有しておらず、包括根保証であることの認識を有していなかったこと、昭和五六年には一旦治と承継前被告との間の債権債務関係が治の別荘売却により清算されていたと思われること、その後の承継前被告の治に対する貸付は、株式購入のためという以前とは異なった目的であり、その融資額も約八億円と莫大なこと、被告が主張する約三億円の貸付は、本件連帯保証契約から約二〇年も経過してなされたものであること、その巨額の貸付をする際には、承継前被告からそのころすでに治と離婚していた原告に対して何の確認もされなかったこと、再三にわたる原告の確認に対して、工藤は保証人になってない旨回答していること、承継前被告の治に対する株式購入代金の貸付は、工藤と治の特別な関係からなされたものであるという疑いがあることからすれば、被告は、信義則上原告に対する連帯保証人の責任を追求することはできないというべきである。

3  争点<3>について

(一) 原告は、昭和六二年二月ころ、承継前被告と取引することとなったが、その際、原告は、過去に一度だけ治の債務に関して連帯保証人になったことを思い出し、工藤に対して、原告が治の連帯保証人になっているかどうかを確認したところ、工藤は、原告が治の連帯保証人ではない旨を回答した。

そこで、原告は、承継前被告と預金取引をすることとなり、本件預金をすることとなった。

(二) すなわち、工藤は、原告が治の連帯保証人であるにもかかわらず、そうでないと誤信させて、原告をして本件預金をさせたものであるから、原告は、本件預金に関する各消費寄託契約を詐欺を理由に取り消す。

第三争点に対する判断

一  争点<1>について

1  原告は、治から包括根保証の話はされなかったこと、本件連帯保証契約の契約書B5版の紙の一枚目だけを見せられただけであると主張し、また、原告本人尋問においては、「私の記憶では五〇〇万円という金額が入っていた気がする」と述べているところである。

2  しかしながら、本件連帯保証契約の契約書である乙第一号証は、信用金庫取引約定書であり、具体的な貸付ではなく、包括的な約定を定めたものであり、「五〇〇万円」なる文言は見当たらず、また、契約者の署名欄が独立して約款と別綴りになっているものではないことが認められる。さらに、署名欄のすぐ下部の第一条(適用範囲)のところには、「いっさいの取引に関して生じた債務」と記されていることも認められる。包括根保証については、右契約書の最も最後の部分に記されているといえども、少なくとも、原告は、乙第一号証を作成するに当たり、これが包括的な約定を定めるものであり、その適用範囲は「いっさいの債務」に及ぶものであることを認識していたものというべきであり、原告の右主張に沿う甲第一一号証及び原告本人尋問の結果部分は採用できない。

3  また、原告は、治から「五〇〇万円位の借金の保証人になってほしい。」旨頼まれたと主張するが、乙第一号証の体裁から見て、治の言葉のみから錯誤に陥ったとは考え難いし、仮にそうであったとしても、錯誤に陥ったことに重過失が認められるものである。

4  よって、原告の錯誤無効の主張は認められない。

二  争点<2>について

1  前記前提事実、証拠(甲三、一一、乙一〇、二三、二六、四三、四九、五〇の一、五二、五四並びに証人工藤尊久及び原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一) 原告と治は、昭和四三年一〇月二二日に入籍をした元夫婦であり、治は、証券会社の外務員として勤務していたかたわら、喫茶店営業や貸金業を行っていた。

(二) 治は、昭和四七年五月八日、承継前被告から一五〇〇万円を借り入れ、昭和五〇年五月一四日にも、再び承継前被告から一五〇〇万円を借り入れ、治の承継前被告に対する残債務額は三一〇〇万円となった。このとき、原告は承継前被告と本件連帯保証契約を結んだ。その後も、昭和五三年三月一八日、治は、承継前被告から八〇〇〇万円を借り入れた。しかし、昭和五六年ころ、治の承継前被告への借入金の返済が問題となり、治が当時静岡県裾野市に所有していた別荘を任意売却することにより借入金を四九六〇万円まで減らして、以後承継前被告との取引を継続し、昭和六〇年ころからは、株式購入資金のため、その借入額も増大して行き、昭和六三年からは、借入金の総額が一億円を超え、さらに四億円を超えるまでに増大していった。

(三) 原告は、その間、承継前被告から、本件連帯保証契約について示唆されることはなく、昭和六二年ころからは、承継前被告に預金をするようになった。このときも、承継前被告の担当者の工藤は、原告に対し、本件連帯保証契約の事実を告げなかった。ところが、平成六年一二月六日、承継前被告は、原告に対して、原告が承継前被告に対して有する預金債権について、拘束性預金扱いとすることを決定し、その旨を原告に通知し、本件相殺が行われた。本件相殺では、三四〇一万八五九一円が治の債務との関係で相殺された。

(四) 原告は、昭和五六年ころから、治と別居をし、昭和六三年一〇月一五日、正式に離婚した。原告は、治が副業で始めた株式会社クラブプティシャトーを承継して、その取締役となっている。

2(一)  本件連帯保証契約のような包括根保証の場合は、保証期間や限度額の定めがないので、保証責任額は一応無制限のものとなるが、それでは保証人に苛酷な責任を負わせることになるので、信義則を根拠として、社会通念上相当な範囲に保証人の責任を制限するのが相当である。

(二)(1)  そこで、検討するに、前記1で認定した事実によれば、本件相殺によって治の債務の保証に供された金額は、三四〇〇万円余りであり、これは、原告が本件連帯保証契約を締結したころの治の残債務額である三一〇〇万円と大差のない金額であることが認められるところ、本件連帯保証契約締結当時、原告が抱いていたまたは予想していた責任範囲とさほど異ならない金額について相殺がなされたものということができるので、信義則上も、本件相殺は制限されるものではない。

(2)ア この点、原告は、五〇〇万円の保証意思しかなかったというが、前記一のとおり、かかる保証意思は認められない。

イ 原告は、今回相殺の対象となった治の債務は、株式購入目的のためであって、その債務額も大きく、また、工藤と治との特別な関係から融資された疑いもあると主張するが、本件においては、あくまでも三四〇〇万円余りを相殺したことが信義則上許されるか否かを検討するものであり、治が承継前被告からどれだけ融資を受けていたかと言うことは本件における信義則を検討する上での検討材料とはならないものである。本件の信義則を検討するに当たって最も重要な点は、原告の当初の保証意思と乖離する責任を負わせられるかどうかという点にあると考えられるからである。

ウ 原告は、昭和五六年に治が別荘を売却したことによって、承継前被告と治との債権債務関係が一旦清算されたものと考えられると主張するが、実際には、四九六〇万円の残債務があったのであり、被告の保証意思においても、昭和五六年の時点で保証が終了したと合理的に解してもやむを得ないような事情までは伺えず、他方、この時点における治の残債務額が四九六〇万円であったのだから、当時、承継前被告から、本件連帯保証契約に基づく保証債務の履行を求められていたならば、四九六〇万円の支払の義務があったと思料されることからすれば、この点についても、本件相殺を信義則上制限する要素とはなり得ないと考えられる。

エ なお、原告と治は、昭和六三年に離婚しているが、治の副業であった株式会社プティシャトーを承継していることから考えると、離婚の事実があるとしても、本件相殺が信義則上制限される根拠とはならないものと考える。

オ さらに、承継前被告が、原告に対し、一度も保証意思を確認しなかった事実は認められるが、本件においては、契約当初の保証意思を中心として、本件相殺が信義則に反するか否かを検討するものであり、三四〇〇万円余りという相殺額との関係においては、保証意思の確認がなかったことにより、これを減額させる要素となるものとは解されない。

3  以上より、争点<2>に関する原告の主張も認められない。

三  争点3について

1  原告は、承継前被告と取引を開始するに当たり、工藤に対して、治に何かあったら保証人として責任追求されるかを質問し、工藤が治の保証人にはなっていない旨を答えたと主張し、これに沿う証拠(甲一一及び原告本人)がある。しかしながら、工藤はこれを否定しており(証人工藤尊久)、昭和六二年ころは、治への融資額も増大しつつあったころ(乙四三)で、それに見合うだけの担保も十分にあった(乙四四)ので、承継前被告としては、治の返済能力に疑問を抱いてはいなかったものと考えられるから、工藤が虚言を弄してまでして、原告の預金を担保に取ろうとする動機に欠けているというべきである。また、原告の供述は全体として、記憶が不鮮明であり、自己に都合のよいように記憶を変遷させているのではないかと思われるところも少なからず見受けられるところ、右主張に沿う、甲第一一号証の記載及び原告本人尋問の結果は採用できない。

2  よって、争点<3>に関する原告の主張も認められない。

四  以上より、本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について、民事執行法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 澤田正彦)

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